2016年8月28日

8月28日 公式ブログ

5年前の8月28日に天霊神霊研究所の公式ブログが開設されました。天霊神霊研究所公式ブログ

このブログを通じて二代目天霊師との邂逅があり” 本物 ” の魂清浄の神法に入られた方も少なくありません。現世における魂清浄の神法の一燈という事ができるでしょう。

天霊(師)なくして魂清浄の神法は成り立ちません。魂清浄の神法と天霊(師)は表裏一体とも言える関係です。
また、天霊(師)とは「今現在、現世に生きている方」のみがなる事ができる「職」です。魂清浄の神法における現世の代表者ともいうべき存在です。 先代の開祖天霊師は既に17霊界に昇天しておられますので、現在は天霊(職)ではありません。二代目天霊師(遠藤守先生)が現在の天霊師です。
そのため魂清浄の神法は、必ず二代目天霊師と直接的、間接的に関係を持って行う必要がございます。

天霊師という存在を、何か単なる霊能者や超能力者のように勘違いされ、霊媒ができるかとか予知ができるかなどという超常現象にばかり目がいく方もおられますが、天霊(職)とは、魂清浄の神法という一つのシステムが、現世で実際に機能するために無くてはならない存在・職なのです。この存在無くしては、いくら魂清浄の ”のりと” を唱えても大神様が働いてくださらないということです。
この「職」の重要性を考えた時、他人に霊能力を見せる見せないなどというような事は本筋とは言えず、どちらかというと枝葉に当たるのではないかと存じますが、如何でしょうか。

今週9月1日は天霊師生誕祭です。この機会にもう一度公式ブログを見て頂くことも有意義な事かと存じます。


2016年8月23日

宿を浄める

今月は所用でしばらく遠方に滞在していました。初めて訪れる土地でしたが、学生たちの夏休みの影響か大きなホテルは全て満室で、古く寂れた感じの旅館に滞在することになりましたが、行ってみると写真とは異なり、あまり雰囲気の良い所ではありませんでした。

旅館の部屋に入ってからすぐに部屋の窓を開けて、部屋の中を浄めるために本部道場から頂いてきた「切り幣(きりぬさ)」を使い、大神様にお願いしてから魂清浄の ”のりと” を唱えながら部屋の四隅とドアの所、少し気になった水場等も、切り幣を左右左という順番でまいて浄めました。その後しばらくの間、魂清浄の”のりと”を唱えました。全て終わってみるとスッキリした空間に変わっていました。その部屋に入った時に感じた目には見えない妙な ”雰囲気” も全て消え、独特の臭いもなくなり、非常にくつろげる空間に変わりました。

毎日行う家の浄めの場合、水と浄めの塩を用いて家の外や玄関を浄めますが、ホテルや旅館などの宿泊施設では、畳やカーペットに水や塩をまきますと汚れますから、代わりに「切り幣」を使います。切り幣をまいた後はしばらく放置したままで良いのですが、あとで集めて廃棄します。

実際に行う作業としては非常に簡単なのですが、効果は絶大です。こうすることで自分の家以外であってもくつろげる空間になりますし、あらためて魂清浄の神法の威力を体験する事ができます。

2016年8月8日

神事優先(葉月の御祭)

本日は本部道場の葉月の御祭でした。
今日の甲府の気温は38度を超え、日差しが肌を突き刺すかのように感じられました。遠方から自動車で走って来られた方々も夏休みの渋滞を乗り越えて、無事に祭式の時間に間に合われました。
毎月数百キロに渡る遠距離を走破し御祭りに参加される事は生半可な考えで継続できるものではありません。こういうことを繰り返すことで少しずつ「筋金入り」になっていくのではないかと思います。

また、今回のようにウィークデイに御祭りがある場合、会社勤めの方などは休暇を取らなければならないと思いますが、8月の盆休み前で苦慮された方もおられたと思います。

本部道場の御祭りは毎月8日(9、10日)と定められておりますが、これは大神様方と開祖天霊師との間で取り決められた「御約束」であり、人間側の勝手な都合で日にちを変更する事はできない、ということです。

そのため現在の人間の都合に合わない部分も出てくる訳ですが、これについては事前に日にちが毎月8日(9、10日)と決まっている事ですから、人間側で極力御祭りに参加できるようやりくりする他ありません。そのため神事優先される方には大神様が必ずそれ以上授けてくださるといわれているのだと思います。

本当に「言うは易し」で、日々変化する日常生活の中でやりくりする事はなかなか大変な事だと思います。時間の制約、経済的な問題、家族の問題、遠方の方などは数百キロを走破する気力・体力の問題など、他人には言えないようなご苦労もあることでしょう。これもまた各々の立場で行っている行の一つと思います。それも含めて大神様方は見ておられると思います。ですから「家を出た時から行になる」のでしょう。

ただ、長い人生ですから、焦ることなく無理なく「継続」する事も大切と思います。人生の中の「時期」によってはなかなか道場に来る事がままならない場合もあると思います。そんな時でも大神様の事を念頭に置いて頂いて、御祭りへの参加できないか模索してみて頂きたいと思います。

本日の御祭りは「神事優先」という言葉が響いた一日となりました。

2016年7月18日

修行の日、研修会

本日は本部道場の修行の日でした。海の日を含む三連休ということで暑い中を全国から大勢の奉賛会会員が参加され、行のために座る場所を確保するのも困難というような状態でした。大勢一緒に汗をかきながら行をしますと、行が終わった後でスッキリして爽快です。

午後からは天霊師御臨席の上、研修会(第四日目)が行われ、開祖天霊師、二代目天霊師の年表を元に詳しい説明が行われました。奉賛会会員の質疑応答も充実し、大変実りある研修会となりました。

1974年2月10日、開祖天霊師が当時の遠藤守霊師を二代目天霊師に任命されました。翌年2月24日に開祖天霊師が昇天されて以来、約41年間に渡り二代目天霊師が「神格位一位を保有する天霊(職)」を保持されているわけですが、長い間、一般の会員にこの事を公表されませんでした(開祖の御家族、二代目の御家族はご存知でした)。開祖天霊師もまたその公表についても全て二代目天霊師に任されたということです。

長い間、二代目天霊師である事を公表されなかった事を理由に、すでに「時効」であるとか「二代目とは認めたくない」等という方も中にはおられるようです。

開祖天霊師が当時の守霊師を二代目天霊師に任命された事は、天地宇宙神、産霊大神様、大國主大神様、開祖天霊師の4者で協議・決定されたことでありますので、普通の人間である奉賛会会員がこの事に口出しした所で何も変わりません。

この「一般の人に公表しないと天霊職を時効にできるなどという理屈」は裏を返せば「大神様が決められたことを人間が勝手に時効にできるという事」になると思いますが、これではまるで人間が大神様方の御判断を超えられると言っているようなものであり、いささか論理に飛躍があるように思われます。

これは私見ですが、冷静に考えてみれば、いつも必要な時に二代目天霊師が一緒におられたわけですから、公表するもしないも霊的には実質的に同じだったのです。むしろ「開祖天霊師が二代目天霊師を残してくださっていたという事実」に感謝の念を覚えるのが奉賛会会員としては自然な姿ではないでしょうか。

現在、二代目天霊師を慕って多くの奉賛会会員が集まっておられます。二代目天霊師を敬愛している方々の集まりです。このような会員に囲まれて二代目天霊師はいつもニコニコしておられます。本日の研修会の間、既に大神様になられている開祖天霊師が微笑んで見ておられるように感じました。


2016年7月11日

手を合わせる時には

今月文月の御祭りの直会の席で話題に上ったのですが、
魂清浄の”のりと”を唱える時、胸の前で手を合わせますが、たまに「両手の親指を重ねる人」を見かけます。この癖をお持ちの方は、分派から移って来られた方に多く見られますので、そこの指導者が勘違いしているか、もしくは勝手な解釈をしておられるのだろうと推察致します。

魂清浄の”のりと”を唱える時に「両手の親指を重ねて合掌すること」については開祖天霊師が特にこれを禁じておられます。開祖天霊師の講義録にもこれを指摘している箇所がございます。

念のため、ご自分が行をなさる時に「親指が重なっていないか」を再度ご確認頂けますようお願い致します。また、一緒に行をしておられる奉賛会会員の方にこのような現象が見られたら教えてあげてください。

これが何を意味しているかについては開祖天霊師と二代目天霊師のみがご存知ということで、奉賛会会員にも明かされておりません。開祖天霊師は、奉賛会会員が行をしている時に両手の親指を重ねて行をしている方を見かけた際に、その方の両手の下から手を入れてポンと割って注意を与える事もあったということです。

天霊師の元で魂清浄を唱える方にとってはごく当たり前の事なのですが、分派で長年間違った指導を受けた方々は無意識に両手の親指を重ねている場合が見受けられますので、念のためこの備忘録にも記載しておきます。

以下は個人的感想ですが、
それにしても…開祖が「やるな」と特に注意している事を、分派がわざわざやる意味が理解不能です、百害あって一利もない事なのですが。「このわからんちんが!」と開祖天霊師から叱られますよ。

2016年7月2日

魂清浄の ”のりと”

以下は開祖天霊師と当時の奉賛会会員による音声ですが、現在も本部道場、支部道場では大勢の奉賛会会員が一緒にこの ”のりと” を無心で唱えます。これにより体内の迷霊が17霊界に昇天していきます。体が軽くなるまで唱え続けます。
大勢で魂清浄の"のりと"を唱えるのはとても気持ちが良いものです。



2016年6月23日

みんなで心を合わせて

「みんなで心を合わせて、みんなで心を合わせて、努力して貰うよりほか方法ないな。もちろんわし共も導くぞ」(大國主大神様から天霊神霊研究所奉賛会会員に対するメッセージ)

(本記事は2013年4月8日の記事の再編集)

2016年6月16日

17霊界創設 57周年


本日は17霊界が完成してちょうど57年になります。
すなわち昭和34年(1959年)6月16日に開祖天霊師により17霊界が創設されました。

個人的なことですが、今月は長年祈願して来たことが突然成就するという僥倖に恵まれました。自分の人生の新しい扉が開かれたかのようで、今後もまた色々なことにチャレンジしていこうと考えております。
大國主大神様は奉賛会会員の方に対して、その人にとって必要なことを十分経験させてから、次のステップに進ませてくださるのだと感服致しました。本当に奉賛会会員の方の事は先の先まで考えて準備してくださるのだと思いました。そのお礼も含めて本日は感謝の心を込めて行をさせて頂きました。
二代目天霊師の元で日々行を重ねて参りますと、目には見えませんが、自分の人生が着実に積み上げられていく様を実際の出来事を通して見せて頂くことがございます。

巷の宗教、分派等では、「結果、結果」と目先の良い結果を追い求める傾向が強いと聞きます。しかしながら、テレビの星占いではあるまいし、人の成長や発展、人生というものはそのような目先のことでどうとなる物ではないと思います。
ですから良い結果を焦っても仕方がありません。地道に行を続けていけば、目には見えなくてもちゃんと物事は動いていきます。焦ると迷霊や頭と腹の黒い人間に付け入られる隙になりますのでご用心を。すぐに結果が出ないなどと言われて疑心を抱くのは浅はかな事と思います。

自分の人生をしっかりと建てなおすためには、まずはしっかりとした土壌・基盤を作り、その上に一つ一つ確実に積み上げていく。まさに「建設」的に発展していくものです。毎日毎日の行や月一回の本部道場、支部道場のお祭りに参加する事などがその作業という事になります。 あの時は良かったのに今はこんなことになってしまって・・・などという「砂上の楼閣」では困ります。

もし、あなたが「魂清浄の神法」を通じてご自分の人生を好転させたいとお考えになるのでしたら、迷わず二代目天霊師と直接関係を持たれて(奉賛会会員になられて)、目先のことには目を奪われず、淡々と魂清浄ののりとを唱え続ける。ひたすら自らを浄め続ける行を行い、大神様から授かった機会(チャンス)は逃すことなく余すことなく享受するという事が肝要と存じます。

魂清浄の神法は、誰にも迷惑をかけることなく、誰に邪魔されることもなく、誰に強いられることもなく、天霊師の指導の下、自分自身の人生を好転していく事ができる道であると思います。

2016年5月15日

2016年度研修会

とうとう待ちに待った研修会が始まりました。研修会初日には、研修会専用の祝詞がよまれ一年間の研修が始まりました。この研修会では、開祖天霊師が講義された内容を一つも漏らすことなく、開祖の講義を完全に再現する形で進められます。系統立てて理解できるように、要所要所で徹底した説明が加えられます。
研修会の間に眠くなる方もおられますが、体内の迷霊も講義を聞いて納得して昇天してまいります。そのために講義が終わる頃には疲労感を覚えるものですが、そのまま眠ってしまいたい位に非常に心地よいものです。
研修会初日の講義では、「生まれ変わりがない事」から「他の人に迷惑をかけない事ならどんな事をしてもよろしい」という魂清浄の神法の教えが出てきた事が説明されました。このような説明を聞くと、自分の人生を大きな視野で見直す事にも繋がると思います。


<開祖天霊師講義録より抜粋>
ですから、そのように人間だけではない、生きとし生けるものにはすべて霊があります。そしてその霊というものは二度と再び肉体をもって生まれないようにできておるんだと。しかもそれがなかなか解明出来なかったところに今までの宗教的考え方あるいは把握の仕方が違っていた。そのように私達は私達の肉体をもって、もう一度この地上に現れることはできないという事を深く認識頂きまして、そしてこれからの生活様式これからの自分たちの生活というものに対して一切の心構えを持って頂いて、では、どういう風にしていけばいいんだろうか。生まれ変わることが出来ないんだったらどういう風にしていったらいいんだろうか、という風な考え方が問題となるわけでございます。
あとさきになりますが、そこで魂清浄の神法の一つの教えが出てきたわけでございます。

「他の人に迷惑をかけない事ならどんな事をしてもよろしい」
ひとたびこの地上に自分自らの霊魂と肉体をもって生まれてきた以上、他の人に迷惑をかけないことならどんな事をしてもよろしい。この教えが出てきたわけでございます。それは二度と再び生まれる事が出来ないからなんです。



2016年5月8日

2016年春季大祭

本部道場の春季大祭でした。日曜日の大祭となり、全国から大勢の奉賛会会員が集いました。本部道場の座る場所もなくなるような状態となり、机も片付けてしまい熱気溢れる大祭となりました。天霊先生は90歳とご高齢ですから、さぞお疲れかと思いましたが、すこぶるお元気で直会のお料理もお酒もよく召し上がっておられました。先生は甘いものがお好きで、会員の方が大量に持ってきてくださったカステラを沢山お召し上がりになりました。本当にタフなお方ですね。

2、3日前に支部の会員の方が急病になられて、本部道場に連絡して遠隔の祈祷をお願いしたのですが、本部道場でその霊現象が直接的に確認されていたこと、その方の病状もその日の内に良くなり、おかげで次の日に控えていた大切なイベントに参加できたという話を聞かせて頂きました。また、支部道場で行をしている方の状態を本部道場にて感得できた体験を聞かせて頂き、本部道場と支部道場が繋がっているということを教えて頂いたように思います。準道場や連絡所、奉賛会会員各人の家についても同様に、本部道場と直接繋がっているのだと思います。こういうことは知識としてではなく体験を通して学ぶものですね。今回の大祭でも、就職が決まった方、希望の部署に入れた方などいろいろな体験を聞かせて頂き嬉しかったです。大國主大神様が動いてくださった時は何かの形でそれと分かるようにしてくださるようです。

今月から1年間かけて、本部道場並びに各支部道場にて研修会が行われます。単に知識を詰め込むための研修会ではなく、各人の体内の迷霊も研修会の内容に触れる事で納得して17霊界に昇天する、修行の一環として位置付けられております。少しでも多くの奉賛会会員の方にご参加頂きたいと思います。この一年間の研修後に皆様がそれぞれどんなお姿になられるのかが楽しみです。(詳細日程は奉賛会会員専用ブログをご覧ください。)

「常々天霊師の申されます様に、この研修会に於ける一日の受講は、本部神前に於て三十日間の修行をしたのと同じ位の価値のあるもの・・(天霊新報第27号より)」


本日の大祭は大勢の方と一緒に長時間の行をさせて頂きましたが、普段の行ではなかなか出ないような迷霊を体内から昇天させて頂いたことを実感致しました。
五月は正神の大神様方にとって一年の始まりです。気持ちも新たに元気良くやっていきましょう!

天霊新報第27号より抜粋

2016年5月3日

神格位20位(天鈿女大神様)

神格位について、「天鈿女(あまのうずめ)大神様の神格位は20位ですが、自然神、人格神のどちらでしょうか?」というご質問を受ける場合があります。
昭和44年6月18日に発行された「魂清浄の神法」(添付写真参照)の人格神の説明箇所には「人格神の神格位は20位から76位」と記載されていることからその様な疑問が湧くのだろうと思います。

生前に人間であった大神様としては、大國主大神様(アシレス様;18位、アンテナ・アン様;19位)と天鈿女大神様;20位の御三方が自然神待遇を受けられております。
その理由を開祖天霊師ご自身が昭和47年3月18日から3日間に渡って行われた第三回研修会の初日の質疑応答の時間にご説明(訂正)されておられますので、以下に抜粋致します。

なお、二代目天霊師が復刻された「魂清浄の神法」(2012年12月8日発行)の中では以下の通り、正しい情報に訂正されておりますので是非ご一読ください。
人格神の神格位は二十一位から七十六位(大国主大神、天鈿女大神除く)まであります。人格神の最高神が大国主大神であります。大国主大神は神格位二十位(二十位以上は自然神待遇)だったのが、この度十七霊界形成の功により、 さらに格位を昇られ、女神の大国主大神(アシレス大神)が十八位、男神の大国主大神 (アンテナ・アン大神)が十九位、天鈿女大神も二十位になられております。 


<開祖天霊師講義録より抜粋>
〔質問者〕先生は自然神と人格神の第一霊界と第二霊界の、十九位と二十位、この前の去年の一回の研修会の資料じゃ十九位までは自然神だと・・?。

〔開祖天霊師〕いやいや違う二十位までです。十九位、十八位はですね、大国主大神様(アシレス様、アンテナ・アン様)が自然神待遇を受けてるからなんです。自然神待遇を受けて十八・十九なんです。だけれども人格神は原則として二十一位から始まります。
今一度申上げましょう。こういう事です。大国主大神様(アシレス様)が十八位で、鈿女大神様が二十位になっています。これは例外なんです。特別なんです

〔質問者〕大国主大神様は十七霊界の形成の功によって自然神に入られたって言われますが・・?。

〔開祖天霊師〕結局、鈿女大神も同じです。

〔質問者〕鈿女大神様も過去に肉体をもって、人格神だけど自然神に入られたのですか。何か功績が?

〔開祖天霊師〕自然神待遇を受ける功績、やっぱり天霊を援助しておる、こういう事です。ご祈祷の点、その他で(天鈿女大神様が)援助しております、魂清浄に。それで(自然神待遇に)上げられたわけです。自然神の、いわゆる待遇を受けているわけです。更に自然神の色々な影響を、例えば台風をですね、こういう風にして貰いたいとか、ああいう風にしてもらいたい、こっち(自然神待遇)でないと(自然神に依頼・要請する場合に)具合が悪いわけです。この要請にですね、そういう問題でここ(自然神待遇)に入れてあるわけです。よろしいですね。そういう理由から。理由があるんです。 


2016年4月9日

卯月の御祭

本日は本部道場の卯月の御祭に参加させて頂きました。4月8日〜10日の間、甲府駅前では恒例の信玄公祭りが行われます。信玄公祭り 駅前は多くの観光客で賑わっていました。外国人の観光客も多く見られ、日本観光ブームの一端が垣間見られました。

本日の気温は25℃を記録し、本部道場の窓も開け放されて参拝者の皆さんと共に2時間以上に渡り魂清浄の”のりと”を唱え続けました。御祭りの日にここまで長く唱えますと、”すっきり” を通り越して何にも無くなって ”空っぽ” になったかのような感覚になりました。生きているのか死んでいるのか分からないとはこの事です。

直会の時に話題に上がったのは、元々分派にいた方々が二代目天霊師の存在を知り、多くの方が移ってこられましたが、そういう方々が異口同音に言われるのが、分派にいた時に感じやす過ぎた霊的な感覚が次第におさまってきて、必要な時に必要なだけ感じられるようになったということです。以前分派にいた時に人ごみに入ったり、特定の宗教をしている人に会ったりすると、頭痛や肩こりなど体調不良に見舞われたりしていたそうです。中には真冬でも体内から浮いてきた迷霊を感じすぎて辛いので冷水をかぶったり、霊がこもらないように夜中も窓を開け放して寝ていたような強者もおられたようです。日常生活を営む上でいろいろと涙ぐましいご苦労されてきたようです。このような状態は「魂清浄は不安を解消する」と言われていた開祖天霊師の教えとはまるでかけ離れた異質な世界であり、二代目天霊師の元に来られた事でそのような「束縛」から解放された方々が多く、本当に良かったと思います。

誘発現象とも言いますが、自分の体内の迷霊と同じ種類のものが近づくことで自分の体内の迷霊が浮いてきて多少苦しむような感覚があるのですが、本来、正神の大國主大神様の元(二代目天霊師の元)で魂清浄を唱えておりますと、体内から浮いてきた迷霊は即座に17霊界に昇天しますので殆ど苦しむ必要がありません。奉賛会会員の方が異口同音に述べられている事でもそれが分かります。
しかし恐らく、分派の場合、正神の大神様方が絶対に迷霊の昇天を許さないという事ですので、誘発現象に苦しみ続けることになるのかもしれません。そのため大きな霊で押さえつけるしかなくなるのだろうと推察致します。

これは開祖天霊師の講義の中でも繰り返し教えられている事なのですが、誘発現象が出ているうち(体内の迷霊による霊感が強い状態など)はまだまだ体内の霊が多いという事を示しており、修行の初歩の段階であるという事です。もし、何年間も行を継続してもそのような状態であるという事でしたら、それはつまり迷霊を昇天させられないという事をそのまま露呈しているようにも思えるのですが、如何でしょうか。

今日は日暈(ひがさ)という現象が出ました。まるで空の中に魂清浄のマークが浮かんでいるようですね。(写真はイメージです)


2016年3月23日

祝! 二代目天霊師90歳のお誕生日

二代目天霊師、90歳のお誕生日おめでとうございます!
ちょうど大國主大神様が好まれる杏(あんず)の花が咲き誇る季節ですね。


2016年3月10日

来る者は拒まず 去る者は追わず

本日は本部道場の弥生の御祭に参拝させて頂きました。昨日とは打ってかわって寒い日となりました。
直会では遠方から自動車で駆けつけて来られた奉賛会会員の方の体験談をお聞きしました。昨夜、勤め先から帰った時に急に自動車が気になり、調べてみたらタイヤがパンクしていたというのです。普段はそのようなことを気にした事がないそうで不思議がっておられました。すぐに近くのガソリンスタンドに連絡してみたところ、まだ営業中ですぐにタイヤのパンク修理をして貰えて、そのおかげで本日のお祭りに参加できたという体験談でした。もし、今朝出発するときにそのパンクを見つけていたら恐らく御祭には参加できなかっただろうという事でした。
この体験談を拝聴して、あらためて大神様方が奉賛会会員お一人お一人が困る事がないようにお守りくださっているのだと感心致しました。

また、他の会員の方は今月、勤め先で思ってもみなかった社長表彰を受けて、いろいろな特典を得られたという事でした。今年に入り奉賛会会員の方々が表彰されたり、難関に合格されたりという話を何度も聞いております。魂清浄の神法を継続してまいりますと、普通にしていても何か目立つような事があるようですね。
開祖天霊師が言われたように「今の人は寿命も財産も、能力も10分の3位しか与えられていない。大神と共にあれば10プラスαとなる」という事でしょう。
午後は特別に奉賛会会員の病癒しの祭式が行われて、その後皆さんでじっくりと魂清浄ののりとを唱え続けました。さすが御祭の日だけあって体がどんどん軽くなってゆくのが体感できました。爽快とはこの事です。

今日の直会でも話が出ましたが、天霊神霊研究所は開祖の時代から、「来る者は拒まず、去る者は追わず」という姿勢を貫いております。一部の宗教や分派のように、去って行った方をしつこく追い回す事はありません。そんな事をして一体何の意味があるというのでしょう。一度は魂清浄の神法の存在を教えても、その後無理に勧誘する必要はありません。
天霊神霊研究所は、自らの意思で正神の門を叩き、直に正神に仕えたい方だけが来られるところだと思います。上記の通り、「大神と共にある」事ができるところなのです。

ところで、今月23日は二代目天霊師90歳のお誕生日です。天霊先生のこの壮健さが、魂清浄の神法を唱え続けていくと高齢になってもなお元気でいられるよ、という事を示してくださっているように思います。自分もまた南部鉄瓶のように、長年使い込まれても丈夫で長持ち、それでいて繊細で味わい深いものを人の世にそそぐ事ができるような人生を生きられたら良いなと思います。

2016年2月28日

祖先霊

本日の甲府はポカポカ陽気で気持ちの良い日でした。
本部道場で行をしている間、頭の中に自分の祖先の顔が次々と浮かんでくる体験をしました。祖先霊と言っても、今はすでに亡くなっている祖父母や曽祖父母など顔を知っている比較的近い祖先の方々です。

開祖天霊師の講義の中でも、ご位牌や霊璽(れいじ)がとても大切なものであるという事が述べられておりますが、私の家では祖先霊の霊璽を祖霊舎にお祭りして、水と浄めの塩を供えております。たまにその前で魂清浄ののりとを唱えたり、家の行事があるときなどには祖先霊に報告することもあります。

昔は祖先霊という言葉を聞いても、あまりピンと来なかったのですが、子供の頃から慣れ親しんでいた親族が歳を経るに従って亡くなっていきますと、その方々も全て祖先霊の一員となられて、自分の子供や孫がある方は、やがては自分自身も子や孫にとっての祖先霊になる事を考えるようになりました。
そう考えてみると、今現在生きている親族の方々は生きる祖先霊(もしくは子孫霊)のような存在と考えても良いのかもしれません。それが分かると自ずと生きている間の親族との接し方も変わってきます。出来るだけお互いに話ができる現世において喜ばせてあげるほうが良いですね。17霊界で暮らしている祖先霊達は地上で子孫の行事がある時などには、大神様方にお願いして連れて行って頂くこともあるそうです。子孫の繁栄を願っておられるわけですね。親心と言いますか。
私の場合、普段はゆっくりと祖先霊のことを考えることもないのですが、本日は魂清浄の神法を通じて祖先霊ときちんと向き合えたような感覚がありました。

日本では過去数十年に渡り核家族化が進んで、老人と一緒に生活する子供達が少なくなりました。それに従い、常に身近にいた人が亡くなるという体験する機会も少なくなっているように思います。祖先を意識するような機会も自ずと少なくなるでしょう。
開祖天霊師のお話の中に、祝詞をよむ際に祖先霊を入れてあげても良いという話も出たことがあるくらいですから、祖先霊を大切にすることはやはり必要な事だと思います。
結局、自分の事を最も親身になって考えてくれる存在は家族親族であり、17霊界におられる祖先霊もまたそうなのだろうと思います。祈願祝詞にもあります「家運隆昌」という言葉通り、自分のことばかりではなく、家族親族共に栄えていくように、できれば祖先霊も含めての家系が栄えていくように大神様に祈願してみてはいかがでしょうか。

2016年2月8日

如月の御祭り

本日は本部道場の如月の御祭りでした。先週の天気予報では、雪の可能性もあるとのことで、遠方から来られる方が無事に来られると良いがと案じていましたが、いざ当日になってみるとこれ以上はないという位の快晴となり、雄大な富士山を拝むことが出来ました。

直会の時に毎年2月8日と18日は特に雪の降る確率が高いというお話を聞きました。偶々とは思いますが本部道場の御祭りと修行の日に重なっているのが不思議ですね。そういえば2年前の2月8日は関東地方では過去に類を見ない大雪となりました。皆それぞれに大変な思いをしましたが、今日はその時の話で盛り上がりました。奉賛会会員の方々とは屈託もない話ができて本当に家族のようです。天霊先生もニコニコして聞いておられました。

今日は「魂清浄に距離はない」という話も出まして、非常に具体的な体験を交えたお話を伺う事ができました。これにより自分の行の中で体験していた事がどういうことだったのかが腑に落ちました。目が覚めた心地がしました。また、同じ話を聞いていても人それぞれに受け取り方が異なるのが面白いと思いました。

「魂清浄の神法は体験を通して教えてくださる」という事を改めて感じさせられました。魂清浄の神法はまさに一歩一歩山を登るようなものですね。今日は山の大きさを改めて感じさせられたというところでしょうか。

2016年1月30日

キササゲ(木大角豆)

本日は本部道場で「キササゲ」を頂きました。利尿作用があり、煎じて飲むと腎臓病に効くと言われています。
以前薬局で購入したものは、何とも言えない風味でしたが、今日本部道場で飲ませて頂いたものはハーブティーのようで飲みやすいものでした。うちに来られる方々にも飲んでみて頂いて是非感想を聞いてみたいものと思います。(リンク先:薬用植物一覧表
このキササゲには霊的な効用があるのですが、開祖天霊師が天霊新報の中で述べられておりますので以下の抜粋に譲ります。


<植物霊物語10からの抜粋(天霊新報第31号 昭和48年8月8日発行)>
キササゲ
ノウゼンカズラ科に属し、中国原産に落葉樹で、古く日本に渡って栽培され、幹は十米位にもなり、樹皮は縦の割れ目があって、葉はやや円形で、外見は桐の葉に似ていますが、果実は煎じて飲むと腎臓病に効ありと言われています。
この樹の霊は、生木に居り正しく自己自身の後裔のものに宿りますが、この樹は名前の通り、奇捧(キササゲ)で、どの迷霊もこの木実のエキスだけは御免蒙りたいというほどのものです。もっとも腎臓(病)と呼ばれる病気は、栄養分が腎臓に入ってくると病気になるもので、毒素のみが集まれば病気にはなりません。ところが、腎臓の濾過装置が迷霊によって浸蝕されるためと、また背後霊の指図で毒素ばかり与えられるような迷霊が追い込まれる現象と相まって、この病気が発生しているのです。
なぜこんな問題が起きるのかについて言及しておきましょう。背後霊は何時私たちの肉体に潜入するのだろうか。
これについて明白に説明できる人は過去においてありませんでした。これは霊界が現在のように確立していなかったからです。背後霊は父親の精子が射出された当時から付き廻っています。

つまり「魂清浄の神法」の本で私が説明して居りますように、霊魂は永遠に不滅であって、二度と再び現世に顕われ出ないのですけれども、あたかもそれが産まれ変わって来ている如くに、過去の宗教人達がだまされて来ていたものです。ここに既成、新興宗教ともども誤魔化しがあったわけで、迷霊が新しき肉体及び霊に附属して来ていることを知らなければなりません。この段階で背後霊が出来上がり、かくて母親の胎内で培養され、他の迷霊と共に集団化しては、必ずその類の中に親玉を置く。このように迷霊達は数が多く、遺伝質を持って継承されて来ています。この親玉達の霊団が背後霊団と呼称されるもので彼等自身の本霊を左右しており、また他の迷霊を集めてみたり、信仰させてみたりして、先ほど説明したような毒素しか吸収できないところへ追いやったり、栄養豊富のところにへ集めてみたりして、菌を集めては人体を破壊する毒素の集積などを計っているのです。

魂清浄の神法は、これらの霊団は勿論、またこれらの親玉霊から解放された皆様が、全て宇宙人類最高の大神たる大国主大神の御指導を受けて人間改造をなし、人類永遠の幸福を築くために産まれてきたような宗教であって、宗教の中の頂点であると称することができるのです。

2016年1月11日

松葉酒

早速、天霊神霊研究所本部道場の正月の松飾りを用いて、教えて頂いた方法で松葉酒を漬け込みました。出来上がりが楽しみです。

2016年1月9日

2016年睦月の御祭り

本日は睦月の御祭に参拝させて頂きました。例年通り今年も本部道場の松飾りを沢山分けて頂きました。天霊神霊研究所では本部道場の新年の松飾りを使って「松葉酒」を作ることを教えており、これは開祖天霊師の時代から続いております。

この天霊神霊研究所の松葉酒は、本部道場の松飾りを使った場合のみ「万能薬」となると教えられております。本部道場で使用された松飾りに限定されている事が味噌であり、分派などが真似をしても「霊薬」を作ることは不可能です。それは二代目天霊師を否定した場合、大神様のお働きが得ることができないように霊的な仕組みがあるからです。これは分派活動を許さないための大神様方の処置です。

この松葉酒は、漬け込むお酒の種類、一緒に漬け込むもの、漬け込む期間等が指定されており、大神様とのお約束になっております。出来た松葉酒を飲んでみると少し辛味があるのですが、風邪を引いたときなどに飲むと効きます。喘息の発作がおさまったと話される方もおられます。奉賛会会員の中にはこの味自体を好んで普段から飲む方もおられるようでこれも結構なことですが、霊薬ですから多量に飲む必要はございません。

開祖天霊師は他にも多くの霊薬のレシピを残しておられ、一般には公開されていないものが多いです。奉賛会会員の方は会員専用ブログ内の「霊薬」の項目を検索されると多くの情報を得る事が出来ます。今年は私も色々な霊薬作りにチャレンジしてみようと思います。
今回は沢山の松葉を頂いてきましたので、松葉酒を沢山作って訪問される方にも飲んで頂こうかと考えております。

2016年1月3日

大國主大神様の玉

正月番組で出雲の特集をやっておりましたが、大國主大神様は玉をお持ちになっているという話がありました。開祖天霊師のお話の中にもその話があり、以前ご紹介した事がございます。重複にはなりますが、あらためてご紹介致します。

<開祖天霊師講義録より抜粋>
 (六色の)玉はですね、玉には一級二級〜六級まであるわけです。そしてじゃあ職能はどうかといいますと、これは大神様の大國主大神様のお持ちになってる玉ですから、本当の大國主大神様のお姿というのは、お座りになって俵の上にお座りになってこうして玉を持ってる姿が本当なんですね。本当はそうなんです。だけど私がこういう風に槌の形にしてありますけれども、本来は玉をお持ちになってるですね。そうしてこの玉を頂きますとすぐ大神様の子になる、大國主大神様の子供になるわけですね。子供になる。だから大神の子、みんなが神の子だっていうけど嘘なんです。玉を頂かないと大國主大神様の子にならない訳です、宜しいですね。三七、二十一日の行をやりますと、緑(玉)なんです。三七、二十一日の行をやりますと緑(玉)なんです。だからその前は所謂大國主大神の子になりません。その点をはっきり今日は打ち出していい。大神がおっしゃいますので。私は大神の子でありますというのには、緑の玉を貰わないと駄目でございます。
玉持大國像(島根県立古代出雲歴史博物館所蔵)