2013年12月18日

一事が万事

魂清浄の神法において「行を積む」という事はどういうことなのでしょうか。当時の奉賛会会員が開祖天霊師に質問している録音が残されています。開祖天霊師は行を積んで肚が据われば魂清浄の神法は「一事が万事」であることが分かると言い切っておられます。
口では魂清浄の祝詞を唱えていても、いつまでも経っても疑心暗鬼の状態ままでは、体内の迷霊に足元を見られてなかなか望む結果を得られないのではないでしょうか。
以下に開祖天霊師の講義録からの抜粋致します。(一部カッコ書きで注釈を加えました)

<開祖天霊師講義録の抜粋>

(質問者)行を積むと言う事は魂清浄を沢山上げた(唱えた)事が行を積んだと言う事ですか。
(開祖)迷霊を体から取った事が、取った(昇天した)数が多ければ多いほど行を積む。
(質問者)自分には分からん訳ですね、どの位かは。
(開祖)いや分かりますよ。やってみりゃ分かります。「お前はこの位の行があるぞ」と分かります。と言うとどういう事かと言うとね、「一事が万事」なんです。一事が万事。一つ病が治れば、みんな治るんですよ。従って、肚を据えてくれば一事が万事ということが言える、肚を据えて来ますと。例えば今ここに居る人が、ああ痛い痛いと言うのをポンと治すとします。特に薬を付ける訳でも何でもない、魂清浄やれば治る、全部治る。例えば、耳の痛いのが治れば目の痛いのも治る。腹の痛いのが治れば頭の痛いのも治るはずなんです。はずじゃない、治らなければならん。一事が万事なんです。その一事が万事の一事に徹すれば、そうすれば迷霊がびっくりして側(そば)になんか来ませんよ。逃げなきゃって、手をつけられちゃうんだほんと・・で逃げちゃう。あるいは魂清浄上げれば、(17霊界に)早く行かなけりゃならないって訳で行きます。まあ抵抗する様なやつ(迷霊)も居ます、中には。